田原博子の旦那の田原桂一について!死因や前妻は誰?気になるまとめ

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林真理子さんの「奇跡」が話題となっています。

「奇跡」は不倫の末に結ばれた元梨園の妻が主人公で、なんとその小説は実名で描かれていることに注目が集まっています。

「奇跡」の主人公となっているのが田原博子さん。

田原博子さんと不倫からの結婚で、旦那さんとなったのが写真家の田原桂一さんでした。

この記事では田原博子さんの旦那さんとなった田原桂一さんについてまとめています。

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田原博子の旦那、田原桂一について

林真理子さんの「奇跡」。

不倫の末から結婚に至ったその小説は、実名で描かれているということに衝撃ですね。

「奇跡」の主人公は田原博子さん。

田原博子さんの元の旦那さんは歌舞伎俳優の片岡孝太郎さん。

つまり、田原博子さんは梨園の妻でした。

梨園の妻だった田原博子さんと奇跡のような出会いをしたのが田原桂一さんです。

田原桂一さんは世界的に有名な写真家でした。

過去形になっているのは、既に田原桂一さんがお亡くなりになっているためです。

画像
出典:ツイッター

田原博子さんの旦那さんの田原桂一さんについて詳しく紹介します。

田原桂一さんは京都市左京区の出身で、1951年8月20日生まれ。

もし、ご健在でしたら2022年で71歳の年齢です。

田原博子さんは2022年で52歳ですので、年の差なんと19歳です。

親子ほどの年齢差と言ってもいいでしょう。

田原桂一さんは2017年6月6日に65歳の若さでお亡くなりになっています。

田原桂一さんの死因は肺がんだったとのこと。

田原桂一さんは祖父が写真家だったことから、その影響で自然に写真に興味を持つようになり、中学生の時に写真の技術を習得されています。

1972年の高校卒業後に劇団レッドブックシアターに参加。

そこで照明と映像を担当します。

劇団レッドブックシアターのヨーロッパ講演で、フランスに同行したことがきっかけで田原桂一さんの人生は大きく動き出します。

フランスで見た日本とは違う鋭い光に衝撃を受け、光そのものの存在を見たいということと、光を自分の手で掴み取りたいとそのままフランスのパリに留まることを決意。

パリで写真家として活動を始めます。

田原桂一さんは「光の芸術家」と言われ、写真家として大成功を収めます。

田原桂一さんの活躍は写真以外にも、映像や建築、都市計画など幅広く才能とセンスを発揮されており、その活躍は日本のみならず海外からも高い評価を受けています。

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田原桂一の前妻について

田原桂一さんは、田原博子さんと出会った時に前妻と離婚調停中でした。

田原桂一さんも田原博子さんも既婚者同志だったんですね。

離婚調停中ではありましたが、結局はダブル不倫と言うことになるでしょうか。

しかし、田原桂一さんと博子さんが出会った時は、既に離婚調停中とのことですから、田原桂一さんと前妻の離婚の原因は博子さんではないとのことですね。

田原桂一さんの最初の奥さんとなったのは、フランス文化庁に勤務されていた友松美幸さん。

田原桂一さんの前妻の奥さんの友松美幸さんは、長年に渡り日本とフランスの文化交流に尽力されてきた方です。

田原桂一さんの作品の多くに、最初の妻の友松美幸さんが深く関わっていたと言われており、ある作品の半分は美幸さんが作り上げたものだとも言われています。

友松美幸さんはスマートな体型の割りにはミーハーな部分があったとも言われています。

友松美幸さんはパリで体調を崩してから日本に帰国。

この時は、既に田原桂一さんと友松美幸さんは離婚されていました。

どんなに過酷な状態でも決して弱音を吐くことはなく、気丈で強い女性だったとのこと。

友松美幸さんの友人によると、帰国後は一人暮らしでほぼ寝たきり状態での闘病だったそうです。

美幸さんはたくさんの人に愛された人で、美幸さんほど幸せな人生を送った人はいないのではと思えるような生き方をされたとのこと。

人生に長い短いは関係ないと、美幸さんの友人は述べています。

友松美幸さんは、約10年間の闘病生活を送り2016年頃にお亡くなりになったそうです。

そして皮肉にもその一年後、田原桂一さんも肺がんのためこの世を去りました。

前妻が田原桂一さんを連れて行ったようにも思えてしまうような終わり方。

田原桂一さんは短くも濃い人生を歩んだようです。

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田原博子と田原桂一の出会い

田原博子さんの最初の結婚は1995年。

博子さん25歳の時でした。

最初の旦那さんとなったのは歌舞伎俳優の片岡孝太郎さん。

元々は田原博子さんが片岡孝太郎さんの大ファンだったとのこと。

結婚から5年後の2000年3月1日に第一子となる長男、片岡千之助さんが誕生しています。

しかし、2002年頃から田原博子さんと片岡孝太郎さんは別居生活に。

理由は片岡孝太郎さんの女性問題だとも言われていたようです。

田原博子さんと田原桂一さんの最初の出会いは京都の祇園祭の宵山のことだったとのこと。

最初の出会いは2004年頃のことで博子さんの息子さん(片岡千之助さん)が3歳の頃だったようです。

それから約6年後に二人は偶然に京都のチャペルで再会を果たします。

この再開が二人の狂おしい恋の始まりでした。

この時、博子さんは白い着物姿で、桂一さんは博子さんに一目惚れだったと言います。

田原博子さんは桂一さんと出会ってからは、いつも息子を連れての行動だったそう。

勿論、桂一さんと会う時も息子さんを必ず一緒に連れていったとのこと。

そして、二人は博子さんの息子さんに全ての愛情を注いだと言います。

そんなところが、よくあるドロドロの不倫愛と一番の違いでしょうか。

息子さんを一番に考えての行動は、不倫愛に於いてはちょっと許せると思えてしまうところです。

2013年に田原博子さんと元夫の片岡孝太郎さんとの離婚が成立。

離婚成立と同時に田原博子さんは桂一さんとの再婚を発表しています。

田原博子さんが桂一さんと再婚をしたときは43歳、桂一さん62歳でした。

ちなみに片岡千之助さんは13歳。

ちょっと難しい年頃に差しかかりつつあった頃のようですが、博子さんと桂一さんは全ての愛情を千之助さんに注いできたこともあり、二人の再婚になんの支障もなかったようです。

また博子さんの元夫の片岡孝太郎さんは、離婚成立から2年後の2015年3月14日にデザイナーの女性と再婚をされています。

2021年3月にはお子さんも誕生しています。

世間一般的に言えば不倫からの再婚ということですが、田原桂一さんは博子さんとの結婚に関しては「僕たちは出会ってしまったんだ。」といつもそのように言っていたそうです。

まさに、奇跡の出会いだったと。

2013年に奇跡の出会いによって結婚された二人ですが、二人の結婚生活はそう長くは続かずに4年後の2017年6月に桂一さんは、肺がんのため65歳で亡くなっています。

田原博子さんは現在、生前の田原桂一さんの作品に関する出版や管理、展覧会などを手掛ける会社「株式会社BUILT」の代表取締役を務めています。

株式会社BULITの経営は軌道に乗っており、博子さんの経営者としての才能が発揮されているとのことです。

また今回、林真理子さんによって「奇跡」が出版されることになった経緯については、博子さんと林真理子さんはお互いの子供が幼稚園の頃からの知り合いでママ友として親交があったこと。

林真理子さんに数年前から博子さんと桂一さんのことを綴りたいを相談をされていたそうです。

まだ早いかなと思い続けてきたところコロナ禍の影響で、時代が変わろうが自然の力にはかなわないと思い始め、気持ちの変化を感じたため承諾したとのことです。

田原博子さんの画像がこちら。

着物がよくお似合いの日本美人を代表するような素敵な方ですね。

田原博子さんは千葉県香取市出身で、独身の頃は銀座三越の受付嬢をされていたそうです。

とても気品のある方です。

田原博子さんと桂一さんの奇跡の出会いが綴られています。

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まとめ

林真理子さんの小説「奇跡」の主人公の田原博子さんの旦那さんの田原桂一さんを中心に紹介しました。

最後までお読み下さりありがとうございます。

田原博子さんの元旦那さんについてはこちらの記事で詳しく書かれています。

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