村主章枝の実家はお金持ち?家が傾く程つぎ込んでサポートした親の愛

高橋大輔アイスダンス 女優
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元フィギュアスケート選手の村主章枝選手。

独特の感性をお持ちで「氷上のアクトレス」、「村主ワールド」とも言われました。

そんな村主章枝さんですが、実家がお金持ちで有名ですね。

今回は、村主章枝さんの実家の両親についてまとめてみました。

それでは「村主ワールド」のルーツを辿っていきましょう!

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村主章枝さんの実家の両親の職業

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村主章枝さんの実家の父親の職業は日本航空の元パイロット、母親は同じく日本航空の元客室乗務員でした。

パイロットの父親と客室乗務員の母親を両親に持つ村主章枝さんんは、生い立ちからして裕福だったようですね。

村主章枝さんは父親の職業の関係で、3歳から5歳までをアラスカ州アンカレッジで過ごしています。

冬は−30度にもなるアンカレッジで、天然のスケートリンクで滑ったのがフィギュアスケートを始めるきっかけとなったようです。

ご近所には劇団ひとりさんが住んでおり、一緒に遊んでいたそうですよ。

ちなみに劇団ひとりさんの父親と母親も日本航空のパイロットと客室乗務員だったそうですが、、、、、、ん?かなり意外な感じがしますね。

村主章枝(すぐりふみえ)
引用元:https://stat.ameba.jp

村主章枝さんには3歳年下の妹千香さんがいますが、千香さんも元フィギュアスケート選手で、章枝さんほどの成績は残せなかったようですが、それでも全日本選手権で9位と言う成績を残す程の実力を持った選手でした。

千香さんは引退後はプロスケーターとしてアイスショーに出演されたり、解説をされたりしましたが、現在は結婚されてお子さんにも恵まれています。

二人の娘さんにフィギュアスケートを続けさるには、よほどの経済力がなければかなり厳しいのが現状かと思います。

そんなお金のかかるフィギュアスケートを二人の娘さんに続けさせられた、村主章枝さんの実家世間一般的に言えばお金持ちということになりますね。

ただ、村主章枝さんが現役選手の頃に選手続行するにあたり資金難を打ち明け、スポンサーを募る記者会見を開いたことが印象に残っています。

実際にはどのような経済状態だったのかを続けて見ていきたいと思います。

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村主章枝の資金難とは?

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村主章枝さんは2014年11月、33歳の時に現役を引退しています。

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2006年のトリノ五輪が終わったころから村主章枝さんは資金難の状態になったようです。

現役を続けるためにスポンサー探しを始めましたが、実はこの時まで村主章枝さんはお金の心配をしたことがなかったそう。

なんとも幸せなことですね。

スポンサー探しをするなかで、改めてお金のありがたさを実感した次第だそうですよ。

それまでは、コーチや振付師など望みどおりに何でも自分自身で決めていたそうです。

アメリカの女子フィギュア界で実績をのこしたミシェル・クワンさんの演技を見た村主さんはすぐに振り付けを担当したローリー・ニコルさんに振り付けを自らお願いするなど、お金のことはよそに思い通りに何でも自分で決めていたのだそうです。

その裏で、実家の両親は家が傾くまで全てを投げうって村主章枝さんをサポートしていたというのです。

そのことを改めて知ったのは、村主章枝さんが現役を引退してからだったそうで、「フィギュアスケートをやらせてもらえていた。」と気づいたそうですよ。

何でも現役時代に無収入となった時期があり、両親のお金を使いこんだこともあるようですね。

更に現役を引退してから振付師として活動する中で、たくさんの選手を見て実力があっても経済状況や環境によっては、やりたくても出来ない子がいることを改めて思い知らされたそうです。

今までなに不自由なくやらせてもらっていたお金のかかるフィギュアスケート。

そこには実家のご両親の全てを投げうってまでのサポートがあったからなんですね。

村主章枝さん曰く、ご両親は文句を言いながらもお金を出してくれていたんのだそうです。

ちなみになんですが、フィギュアスケートは年間2000万円ほどのお金がかかると言われています。

いくら実家が裕福でも、大人の女性が33歳までフィギュアスケートの現役を続けるとなると、経済的に追い込まれるということですね。

こうなるといくら好きでも、やはり引退の見極めと言うのも大切になってきますね。

村主章枝の母親のサポート

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村主章枝さんがフィギュアスケートを続けるにあたり、経済面でのサポートは勿論のこと、生活の面でのサポートも欠かせませんね。

そこに関しては、村主章枝さんの母親のサポートも大変なものだったようです。

村主章枝さんが帰国してからの生活の拠点となったのは横浜市でした。

中学から高校まで6年間、毎朝5時に横浜のスケートリンクで朝練、学校が終わるとまたスケートリンクで練習といったスケート漬けの毎日を送っていたそうです。

その練習を支えたのが村主章枝さんの母親でした。

自宅から練習場のスケートリンク、練習場から大船の学校、そして学校から横浜のスケートリンクへの送迎を章枝さんの母親がサポートしていました。

村主章枝さんの両親はとても厳しい方のようで、試合で優勝しても誉めてくれることはなく、その為に章枝さんも良い結果がのこせても調子に乗ることなく、淡々としていられたそうです。

またフィギュアスケートよりも勉強第一で、勉強が疎かになるならスケートを辞めなさいと言う主義だったようですね。

村主章枝さんも学業とスケートの両立をしながら早稲田大学に進学されていますので、かなりの努力があったことと思います。

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まとめ

元フィギュアスケート選手の村主章枝さんの実家の両親の職業などについてまとめました。

やはり、フィギュアスケートはとてもお金のかかるスポーツのようですね。

それにしても実家の両親がパイロットと客室乗務員だったなんて、とても羨ましいですね。

最後までお読み下さりありがとうございました。

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