高校野球で東北勢の高校が決勝まで進出した際によく耳にする「白河の関越え」。
高校野球での「白河の関越え」とはどんな意味で使われるのでしょうか?
この記事では高校野球で使われる「白河の関越え」とは?について意味を解説しています。
また、白河の関の場所とアクセスも合わせて紹介します。
白河の関越えとは?
白河の関は、奥州三関の一つに数えられています。
奥州三関は、山形県鶴岡市の鼠ケ関(ねずみがせき)と、福島県いわき市の勿来の関(なこそのせき)、そして福島県白河市の白河の関の三カ所で、その昔関所のあった場所になります。
白河の関は、奈良時代から平安時代頃に機能していた国境の関と言われています。
白河の関は福島県白河市に位置していますが、ほぼ栃木県との県境に位置しています。
高校野球で度々耳にする「白河の関越え」。
実は2021年までに東北勢の高校が甲子園で初夏を通じて優勝したことはありませんでした。
過去には東北勢の高校は春に3回、夏に9回決勝に進んでいます。
しかし、残念ながらあと一歩のところで優勝に手が届かずに涙を呑んでいます。
あのダルビッシュ有選手さえも2003年の夏に決勝で茨城県の常総学院に敗れて準優勝に終わっています。
高校野球で使われる「白河の関越え」とは、東北勢の高校が甲子園で優勝して優勝旗を東北に持ち込むことを意味しています。
関東地方と東北地方の境にもなる白河の関を優勝旗が超えることが「白河の関越え」です。
過去の東北勢の高校が決勝に進出した際は、今度こそはとの思いで「白河の関越え」を期待されてきました。
そして2022年8月、「白河の関越え」は宮城県仙台育英高校によってついに優勝旗は白河の関を超えたのです。
参考までに、東北を超えて北海道勢の高校が優勝したのは2004年のこと。
駒澤大学付属苫小牧高校が東北勢を超えて、夏の甲子園で優勝を果たしました。
この時は白河の関越えを通り越して、「津軽海峡越え」と言われました。
そして、駒澤大学付属苫小牧高校は翌年の2005年にも優勝。
2006年には決勝まで進みましたが準優勝に終わっています。
田中将大投手と早稲田実業のハンカチ王子こと斎藤佑樹投手が投げ合ったあの伝説の試合です。
高校野球で「白河の関越え」とは、東北勢の高校が優勝して優勝旗を白河の関を超えて東北に持っていくことを意味しています。
白河の関の場所
白河の関の場所は、栃木県那須町と福島県白河市の県境に位置しています。
のどかな田園風景の広がる、静かな場所にあります。・
●〒961-0038
●福島県白河市旗宿関ノ森86
白河の関跡は白河神社の境内にあります。
白河神社の宮司さんは毎年、東北勢の代表校に「通行手形」を送る活動をされているとのこと。
また、白河神社には東北勢の優勝を祈願して参拝に訪れる高校野球ファンも多いそうです。
白河の関の周辺には南湖公園や白川城址など観光スポットもたくさんあります。
特に南湖公園は四季折々様々な景色が楽しめることと、遠くに見える那須連山の景色が素晴らしいです。
特に秋は湖畔のもみじの紅葉が素晴らしいです。
南湖公園湖畔のSYOZO cafeも人気スポットとなっています。
詳しくはこちらを参照してください。
まとめ
高校野球の白河の関越えとは?について意味や場所を紹介しました。
最後までお読み下さりありがとうございます。
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