大空幸星の生い立ちが壮絶すぎた!高校の担任の言葉で人生が激変?

実業家
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NPO法人「あなたのいばしょ」を大学在学中に設立し、現在は実業家やコメンテーターとして活躍中の大空幸星さん。

どんな悩みも24時間365日相談できるサービスを展開中ですが、その背景には大空幸星さんの壮絶すぎる生い立ちが関係しているようです。

この記事では大空幸星さんの壮絶な生い立ちについてまとめています。

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大空幸星の生い立ち

大空幸星さんの生い立ちをプロフィールと共に紹介します。

本名: 大空幸星(おおぞらこうき)

生年月日: 1998年11月26日

出身地: 愛媛県松山市

大空幸星さんは愛媛県松山市の出身で、2022年で24歳です。

「大空幸星(おおぞら こうき)」と言う名前ですが、あまりにも綺麗でカッコイイ名前なので芸名であるかのように感じますが、本名です。

実は大空幸星さんの両親は離婚をしているのですが、両親の離婚に伴い苗字が「大空」に変わった経緯があります。

それにしても、素敵なお名前です。

大空幸星さんの両親は大空さんが幼い頃から仲が悪かったそうです。

そして、大空幸星さんが5歳の時に母親が蒸発ししてしまいます。

それまでも、母親は何度か家を空けることがあり、幼いながらにも両親の離婚を薄々と感じていたそうです。

母親が蒸発し、父親と二人暮らしとなった大空幸星さん。

大空幸星さんと父親は折り合いが悪く、父親との二人暮らしも穏やかではありませんでした。

父親は幸星さんに暴力を振るったり、殴り合いのケンカも日常茶飯事だたと言います。

小学6年生になると大空幸星さんは不登校になってしまい、食事も喉を通らなくなり空腹感を感じることもなく痩せ細り、心身共に崩壊。

中学に進学すると入院生活を余儀なくされました。

退院後は折り合いの悪い父親との生活は無理だと判断し、東京にいる母親と暮らすことを選択します。

大空幸星さんが上京した時は、母親は再婚しており継父がいました。

母親も継父も仕事に忙しい人で、食卓を家族3人で囲むことは殆ど皆無だったそう。

いつも学校から帰宅するとテーブルの上に1000円札が置いてあり、その1000円札を握りしめて大空幸星さんは定職屋さんで一人夕ご飯を食べていたそうです。

大空幸星さんは上京してからの中学校3年間の生活を振り返り、この3年間は一人暮らしをしていると同然だたと述べています。

学校から帰ると1000円札がぽつりと置いてある生活。

中学生が夕食を一人で定食屋さんで過ごすという異常な家庭環境で育った大空幸星さんなのでした。

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大空幸星の学歴

大空幸星さんは中学校は愛媛県松山市から東京都の公立の中学校に転入しました。

大空幸星さんの出身高校と大学がこちら。

●郁文館グローバル高等学校

●慶應義塾大学総合政策学部

大空幸星さんが進学した高校は東京都文京区にある私立の郁文館グローバル高等学校。

偏差値は56です。

郁文館グローバル高等学校の一番の特徴は英語教育に力を入れている点です。

また、全日制の国際科は高校1年生の3学期から約11ヵ月間に渡り海外留学の体験が出来ます。

この高校で英検準1級レベルの英語力を身に付けた生徒は国内の有名私立大学や海外の大学に進学する生徒いが多いそうです。

大空幸星さんがこの郁文館グローバル高等学校を進学先に選択したのには、理由がありました。

それは、中学1年生の時に心身のバランスを崩し入院した病院の主治医から、「病気を完全に治したいなら海外に行った方がい。」とのアドバイスを受けていたのでした。

大空幸星さんは海外に行けるチャンスのある高校ということで、郁文館グローバル高等学校を進学先に選らんだのでした。

郁文館グローバル高等学校に進学した大空幸星さんは、予定通り高校1年の3学期から留学することになるのですが、肝心な留学先を決める三者面談の当日、大空幸星さんの母親は姿を現しませんでした。

この時、担任の先生は大空幸星さんの家庭に何等かの問題があることを察知。

大空幸星さんには普通の家庭の幸せを感じて欲しいとの思いで、担任の先生がニュージーランドの一般家庭のホストファミリーを選んでくれたそうです。

留学の費用に関しては父方の祖父の遺産から賄われたそう。

約11ヵ月の留学を終えて帰国すると、母親は再婚相手の男性と離婚をしていました。

母親は持病を持っており、精神的にも不安定な日が多かったそうで、時には包丁を持って暴れることもあたそうです。

また母親は経済力も乏しく、大空幸星さんが高校に通いながらアルバイトを掛け持ちし、生活費を稼いでいたとのこと。

当時、大空幸星さんはアルバイトを終えてから登校する日々を送っていましたが、その登校時間と言うのは5時限目だったそうです。

大空幸星さんが5時限目に投稿すると、担任の先生は「よく来たな。」と言って、大空さんに声をかけていたそうです。

そんな生活に大空幸星さんが限界を感じ、ある夜担任の先生にメールを送ります。

「しんどい。もう学校を辞めてしまいたい。」

メールを見た担任の先生は翌朝、大空幸星さんのアパートの前に立っていました。

そして、大空さんに「過去を悲観せずに、今後何が出来るのか考えろ。」と伝えました。

そして、大空幸星さんが勉強に集中できるように寮を探してくれて、一時的に金銭的支援も行ったとのことで、大空幸星さんは無事に高校を卒業することが出来たのです。

この高校で素晴らしい担任の先生に出会えたことは、大空幸星さんにとっても大きな転機となりましたね。

それにしても、この担任の先生の素晴らしさに感動です。

大空幸星さんは高校を卒業すると、慶應義塾大学総合政策学部に進学します。

慶應義塾大学総合政策学部は1990年に慶應義塾大学藤沢キャンパスに開設された学部で偏差値は72・5です。

総合政策学部は幅広い分野と領域の問題解決を扱うプロフェッショナルの育成を理念に掲げている学部となります。

大空幸星さんは総合政策学部で孤独問題の対策や研究に専念。

自分のように問題を抱えている人が確実に誰かに頼れる存在にアクセスできる環境作りをしたいと起業を決意。

高校時代の友人に声をかけて、2020年に無料かつ匿名でどんな悩みも24時間365日チャットで相談できる窓口「あなたのいばしょ」を早稲田大学在住だった友人と二人で立ち上げています。

大空幸星さんは今後も「あなたのいばしょ」を活かして更に世の中の役に立ちたいと豊富を述べています。

現在は情報番組のコメンテーターとしても活躍されており、イケメンで弁が経つと評判です。

今後ますます大空幸星さんに注目が集りそうです。

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まとめ

大空幸星さんの壮絶すぎる生い立ちを紹介しました。

最後までお読み下さりありがとうございます。

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