ムロツヨシの生い立ちが壮絶と話題に!本名を非公開にしている訳に涙

俳優
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俳優のムロツヨシさんの生い立ちが壮絶すぎると話題となっているようです。

現在のムロツヨシさんからは壮絶な生い立ちを背負って生きてきたようには見えませんが、、、。

ムロツヨシさんの壮絶すぎると話題の生い立ちは一体どのようなものなのでしょうか?

ムロツヨシさんの生い立ちをまとめてみました。

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ムロツヨシの生い立ち

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ムロツヨシさんの生い立ちです。

ムロツヨシさんは両親と5歳上のお姉さんの4人家族の末っ子として横浜市に生まれています。

ムロツヨシさんの小さい頃の思い出は、いつも両親がケンカばかりしていたことが印象に残っているそうです。

両親の不仲が子供に与える影響は大きいですね。

いつもケンカばかりいていた両親は、ムロツヨシさんが3歳の時に離婚に至っています。

ムロツヨシさんの母親は、子供引き取ることなく一人家を出ていったそうです。

ムロさんと姉の親権は父親が持ちました。

ムロツヨシさんは母親の顔を一切覚えていないそうです。

記憶に残っているのは、真っ赤な口紅だけ。

ムロさんが物心ついた頃には、母親の写真は全部処分されていたそう。

母親が家を出ていく時にトランクに荷物を詰め込んでいる姿だけは、今でもはっきりと覚えているのだとか。

ムロツヨシさんは、現在の正直な気持ちとして母親の顔を見て見たい気持ちはあるそうです。

探そうと思えばいくらでも探せるけれど敢えて母親を探さないにのには、ムロさんの優しさからなんですね。

母親と会ってお話をすることは、母親にしたらあまり良い時間ではないかもしれないと。

それは母親に対して失礼にあたるから、と言う思いがあってムロさんは母親の顔は見たいけれど、母親の気持ちを汲んで敢えて探さないそうです。

ムロツヨシさんは本名を非公開にしていますが、これにも深い事情があってのこと。

実はムロさんの苗字はとても珍しい苗字なのだそう。

本名で活動して母がテレビに出ている自分が息子だと分かってしまったら、きっと嫌な思いをするだろうと思って本名は非公開にしているそうです。

あくまでも母親の気持ちを思ってのことなんですね。

もしムロさんの立場に立ったら、過去は辛かったけれど今現在こんなに立派になったと見返してやりたいくらいの気持ちになりそうですが、ムロさんは違いました。

母親を憎むどころか、傷つけないようにと細心の気配りをしていたのです。

母親に対するムロツヨシさんの気持ちを知り、ムロさんの懐の深さというか器の多きさ、人間性、まるで仏様のようななんでも優しさで包んでしまうような寛大な気持ちの持ち主、そんな人柄を感じました。

ムロツヨシさんの生い立は両親が幼い頃に離婚し、父親に引き取られるという切ない幼少期を過ごしていますが、実はムロさんの壮絶な生い立ちは始まったばかり。

次項より、ムロさんの父親との生活についてお伝えします。

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ムロツヨシの父親

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ムロツヨシさんの父親の職業は大工さんをされていたようです。

ムロツヨシさんの両親が離婚をしてから、しばらくして父親に恋人ができました。

しかも2人の子持ちの女性。

父親はこの恋人と暮らし始めますが、ムロツヨシさんと姉は父方の叔父夫婦の家に預けられます。

叔父夫婦は鮮魚店を営んでおり、忙しい叔父夫婦に変わって同居してた祖父母が主に面倒を見ていてくれたようです。

叔父夫婦の子供つまり、ムロツヨシさんにすると従弟とも仲良く過ごせていたようです。

叔父夫婦も優しかったそうです。

ムロツヨシさんは叔父風の家で暮らしていた時に子供ながらに気を使っていたようで、いつも明るく振舞っていたと言います。

何故なら「嫌われたら生きる場所がなくなってしまう。」、「辛気臭い子は居場所を失う。」と考え、常に明るくしていたそうです。

やはり父方の叔父と言えども、自分の家でない場所での暮らしに肩身の狭い思いをしながら子供時代を送ったようですね。

夏休みの長期休暇には姉とムロさんは、父親と恋人の暮らす家で過ごしたそうですが、この恋人の連れ子二人とも仲良く遊んだそうですよ。

子供心にしてどうなんでしょう。

父親を奪った恋人やその子供に対しての嫉妬心とか恨みみたいな気持ちは湧かなかったのでしょうか?

ムロツヨシさんが11歳の時に父親は再婚をしますが、以前の子連れの恋人とは違う女性でした。

父親が再婚した女性は幼い子供を二人連れての再婚でした。

ムロツヨシさんはいきなり兄弟ができました。

父親は再婚をきっかけに横浜市神奈川区のにアパートを二部屋借ります。

一部屋は父親と再婚した女性とその子供たちが暮らす部屋。

もう一部屋はムロさんと姉と祖父母の暮らす部屋でした。

アパートでの新しい暮らしは祖父母が面倒をみていたようですね。

祖父は早朝より横浜市中央卸売市場で働きながらムロツヨシさんを育ててくれました。

当時、近所に住んでいた方の話によると高校生になたムロさんの姉が少しグレていたと記憶しているそうです。

あまりにも複雑な家庭環境でやるせなかったのでしょうね。

ムロツヨシさん兄弟の面倒をみていた祖母は、子供に何の罪もないこと、このような家庭環境になっていまったことに対してムロツヨシさんのさん兄弟に対して申し訳ない気持ちで一杯で、その分愛情をたっぷり注いで育ててくれたと言います。

子連れの女性と再婚をしたムロさんの父親は、その後その女性とは離婚に至っています。

この頃からムロさんの父親と祖父母、叔父夫婦の関係は険悪なムードになって行ったそうです。

繰り返される女性問題に、叔父夫婦や祖父母も堪忍袋の緒が切れたようです。

ムロツヨシさんは幼い頃から愛情を注いで育ててくれた叔父夫婦や祖父母に感謝の気持ちがあったため、これをきっかけに父親と絶縁をすることを選択します。

それ以来、父親とは会っていないそうです。

離婚と再婚を繰り返した父親に対してムロツヨシさんは、父親のことは1ミリも憎んではいないとのこと。

それどころか、生まれ変わってもまた父親の子供として生まれてきたいと語っています。

壮絶な生い立ちの家庭環境に育っていますが、周囲からは面白い家だと客観的に見られていたそうで、その時代に親しくししていた親友とは現在でも大切な友達で、ムロツヨシさんが俳優になりたいと思っていた時に応援してくれたそうです。

家庭環境は変わっていたかもしれないけれど、ムロさんは大切な友情にはとびきり恵まれていたようですね。

それも、ムロツヨシさんのひたすら前向きな性格が良いご縁を引き寄せたのかもしれません。

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ムロツヨシの学歴

生い立ちが壮絶だと話題のムロツヨシさんですが、一見すると大学進学はなそうに思えてしまいますが、ムロツヨシさんは東京理科大学に進学されているんですね。

しかも、一浪しています。

ムロツヨシさんの出身高校は神奈川県立鶴見高等学校。

偏差値は57で進学校として有名です。

鶴見高等学校から一年間予備校に通い、東京理科大学数学科に進学されています。

東京理科大学数学科の偏差値は60越とかなり難関の大学です。

一浪しての合格ということで、ムロさんはかなり努力されたようですが、しかし大学は3週間で中退をされています。

と言うのも、周囲の優等生たちは学びたいことがあって東京理科大学に進学した志を聞いたときに、自分が東京理科大学に進学した目的と全然違っていたことに恥ずかしさを感じたからなのだそう。

ムロさんさんは偏差値の高さで東京理科大学を選択したそうです。

しかし、周囲の同級生は学ぶ目的があって進学したことを目の当たりにした時に、同級生が眩しく見えて自分の思いが恥ずかしく思えてしまったそう。

色々悩んだ時に、以前から大ファンだった深津絵里さんの舞台「陽だまりの樹」を見に行ったことで、段田安則さんの演技を見て「役者になりたい!」と強い刺激を受けたそうです。

それから、大学は中退。

一生懸命育ててくれた祖母は中退して役者への夢を追うことには反対だったようで、安定した職業に就いて欲しいというのが本音のようでした。

東京理科大学を中退したムロツヨシさんは、お金のかからない俳優養成所に通いましたが、どこの事務所にも所属することが出来ずに、小さい劇団の舞台でひたすら頑張りながら下積みを続けていく日々が続きます。

気が付いたら25歳になっていたが、将来への不安は一切なかったそうです。

どころか、「芝居を続けていけば必ず楽しい日々が訪れる」という予感が消えることはなかったそう。

その予感が頭の片隅にずっとあったから、どんなに駄目でも「もう少し頑張ろう」と続けてこられてたと語っています。

「あともう少し」を続けてきた結果が現在のムロツヨシさんに繋がっているのでした。

まとめ

ムロツヨシさんの生い立ちについてまとめました。

壮絶な生い立ちからは想像も出来ないほど明るいムロツヨシさん。

ムロツヨシさんの優しさに触れて感動しました。

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