松木安太郎の現役時代の活躍は?ヴェルディ川崎の監督で一躍有名に!

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熱のこもったサッカー解説でお馴染みの松木安太郎さん。

松木安太郎さんの観戦者目線でのサッカー解説を楽しみにされている方も多いと思います。

そんな解説として人気の松木安太郎さんですが、意外にも松木安太郎さんの現役時代を知らない方も多いのでは?

そこでこの記事では松木安太郎さんの現役時代の様子についてまとめています。

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松木安太郎のプロフィール

松木安太郎さんのプロフィールから紹介します。

松木安太郎

生年月日: 1957年11月28日

出身地: 東京都中央区日本橋

身長:168センチ

体重: 68キロ

ポジション: DF

職業: 元サッカー選手、指導者、解説者

松木安太郎さんは東京都の出身で2022年で65歳。

松木安太郎さんの実家は、創業明治2年の日本橋の老舗うなぎ屋「近三」です。

日本橋で代々続く老舗のうなぎ屋が実家ということで、松木安太郎さんは裕福な生い立ちに育っていると想像がつきますね。

松木安太郎さんの祖父は、大相撲力士で十両の葵竜だそうです。

また、築地市場でマグロの仲卸で有名な生田興克氏は松木安太郎さんの従兄弟に当たるそうです。

実業家や力士など、多彩な顔触れが伺える松木安太郎さんの家系です。

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松木安太郎の学歴

松木安太郎さん学歴です。

暁星小学校

暁星中学校

暁星高等学校 → 堀越学園芸能コース

日本体育大学中退

松木安太郎さんは小学校から高校までキリスト教の理念に基づいて教育を行っている私立の暁星にストレートで進学しています。

松木安太郎さんがサッカーを始めたのは小学校の時ですぐにサッカーにのめり込みました。

小学校時代の松木安太郎さんは、小柄な体型でしたがゴールキーパーを担当。

暁星小学校の代表チーム「暁星アストラ」の選手に抜擢され、全国サッカー少年団大会(現在の全日本少年サッカー大会)に出場するなど、チームに貢献しています。

暁星中学校に進学すると、読売サッカークラブに加入。

中学校時代もゴールキーパーを務めています。

暁星高等学校に進学後も読売サッカークラブでの活動を継続してきましたが、当初は読売クラブのユースチームに所属していましたが、高校2年生の時にトップチームに昇格。

トップチームに所属したことで練習量が増えたため、よりサッカーを優先させるために暁星高等学校から堀越学園高等学校の芸能コースに転校しています。

堀越学園高等学校では芸能人に交じって学び、サッカーの練習を最優先させるスタイルで高校生活を送ったそうです。

高校卒業後の進学は、担任の先生から体育の指導者になるためには日本体育大学に進学することを勧められ、そのまま日本体育大学に進学。

しかし大学3年生のときに読売サッカークラブでの活動に専念するために大学を中退。

松木安太郎さんは、そのままサッカー一筋の道を歩み始めています。

松木安太郎の現役時代

松木安太郎さんは小学中学までは、ゴールキーパーを務めていましたが、高校一年生の時に当時の読売サッカークラブの監督だったオランダ人のフランツ・ファン・パルコム監督からゴールキーパーよりもDFに適していると指導され、ゴールキーパーからDFに転向しています。

その後、松木安太郎さんは右サイドバックのポジションをしっかりと掴み取り、日本代表メンバーにも選出されています。

松木安太郎さんが生涯サッカーでの仕事に従事されていることは、このパルコム監督との出会いが転機となったようです。

パルコム監督が読売サッカークラブで松木安太郎さんを起用した際に、周囲からは批判の声も上がったそうです。

当時は、松木安太郎さんよりも技術的に優れた選手も多かったそうです。

しかし、松木安太郎さんはパルコム監督を始め周囲の期待に応えるように、1983年から読売サッカークラブでのキャプテンに就任しています。

1984年のジャパンカップで初の日本代表に選出されます。

1984年5月31日の中国戦で国際Aマッチデビューを果たしています、。

1985年には1986年FIFAワールドカップ予選で最終予選に進出するなどチームに貢献。

国際Aマッチ12試合出場の実績を持ちます。

松木安太郎さは1984年から1986年まで日本代表メンバーとして活躍。

1990年に引退となりました。

松木安太郎さんの現役時代の主な成績は日本サッカーリーグ3度の優勝と天皇杯3度の優勝の実績を残しています。

引退後は所属していた読売クラブのコーチに就任。

選手から指導者として活動を始めます。

そして松木安太郎さんが一躍有名になったのが、1993年にヴェルディ川崎の監督に就任されたことでした。

あまりサッカーに詳しくない人や興味がない人でも、何となくですが松木さんがヴェルディ川崎の監督で話題になったことを覚えている方も多いのではないでしょうか。

1993年のJリーグ開幕直前にヴェルディ川崎の前任のペペ監督から引き継ぐ形で、松木安太郎さんはヴェルディ川崎の監督に就任。

当時、松木安太郎さんの年齢は35歳で、「若すぎる監督」としても注目されました。

また、当時のヴェルディ川崎の選手はキングカズ選手を始め、ラモス瑠偉選手、武田修宏選手、北澤選手など、人気選手がこぞって所属していたことも注目でした。

ヴェルディ川崎の監督に就任した松木安太郎さんですが、出だしは順風満帆と言うには程遠かったようです。

松木安太郎さんの斬新な指導に選手たちの批判が集まりました。

現役時代から親交のあったラモス瑠偉選手とも意見が対立したと言います。

しかし、最終的にはヴェルディ川崎をJリーグ初代王者に導き、時の人となりました。

その後、1998年にセレッソ大阪のチーム再建に期待され、監督に就任しますが、成績不振で一年で退任。

2001年、東京に移籍した東京ヴェルディ1919の監督に再就任するも。成績が上がらず半年で解任となっています。

松木安太郎さんの監督時代と言えば、やはりJリーグ初代王者に導いたヴェルディ川崎での活躍が一番印象に残っていますね。

監督引退後は、サッカーの解説などで活躍されています。

松木安太郎さんの観戦者目線での熱き解説ももはや風物詩とっても過言ではなさそうです。

松木安太郎さんのプライベートに関しては30歳で結婚しており、娘さんが3人いるとのこと。

現在は千葉県内在住だそうです。

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まとめ

サッカー解説者として活躍されている松木安太郎さんの現役時代について紹介しました。

最後までお読み下さりありがとうございます。

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