是枝裕和監督のお嫁さんと子供について!生い立ちの極貧の背景が財産に?

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家族、とりわけ子供を題材にした作品が特徴的な是枝裕和監督の作品は海外でも高い評価を得ています。

是枝裕和監督がそれほどに家族や子供をテーマにした作品に拘りを持つ背景には、ご自身の生い立ちも深く関係しているようです。

この記事では是枝裕和監督の結婚したお嫁さんや子供のこと、また生い立ちについて紹介しています。

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是枝裕和監督のお嫁さんと子供について

是枝裕和監督は結婚してお嫁さんと子供にも恵まれているとの情報がありますが、お嫁さんは一般人とのことで詳細は不明です。

子供に関しては2007年頃に長女が誕生しているとの情報があります。

是枝裕和監督の長女さんは2022年で15歳(中学3年生)になる年頃となっているようです。

是枝裕和監督は2022年で60歳、還暦を迎えます。

その点を考慮すると是枝裕和監督が結婚したのは、40歳以降になってからと推測します。

もしかしたら年の離れた若い奥さんと結婚された可能性も大いにありかもしれません。

是枝裕和監督は家族、とりわけ子供を題材にした作品が多い事でも知られていますが、そのような観点からも是枝裕和監督は家族を大切にしている人柄が伝わってきます。

家族を大切に思う気持ちが一番にあるからこそ、家族と言う深い作品が描けるのだと思います。

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是枝裕和監督の生い立ちについて

まずは、是枝裕和監督のプロフィールからご覧ください。

  • 生年月日: 1962年6月6日(2022年で60歳)
  • 出身地: 東京都練馬区
  • 出身高校: 都立武蔵高等学校
  • 出身大学: 早稲田大学文学部文芸学科卒業

是枝裕和監督は映画監督、脚本家として活動されていますが、同時に早稲田大学基幹理工学部表現工学科の教授、立命館大学産業社会学部客員教授としての顔もお持ちです。

またドキュメンタリー出身の映画監督として、国内外で高い評価を得ています。

映画監督として現在は大成功を収めている是枝裕和監督ですが、これまでの道のりはけして平坦ではありませんでした。

1920年、台湾生まれの父親は太平洋戦争に出兵しました。

命こそ落としませんでしたが、戦争によって受けたダメージは精神的にも身体的にも大きなダメージを受けて日本に帰還しています。

戦争によって足を負傷した是枝裕和監督の父親はリアビリに通うも、まともな職業に就くことが出来なかったそうです。

稼ぎの少ない父親を少しでも支えるために母親はパートで家計を補っていたようですが、それでも生活は苦しかったと言います。

是枝裕和監督は9歳から28歳まで東京都清瀬市の団地に暮らしていました。

狭い団地では、住民同士の派閥を目の当たりに。

そんな自身の経験が現在の映画の題材に繋がっているとのこと。

経済力のない父親でしたが、是枝裕和監督に対しては「自分の好きな道に進みなさい。」と、映画監督になりたいとの夢に反対することはなく、陰ながら応援してくれたそうです。

そもそも是枝裕和監督が映画監督を志すようになった背景には、母親の影響が大きかったようです。

是枝裕和監督の母親は映画が大好きだったことから、幼い頃は池袋の映画館で色々なジャンルの映画を観たそうです。

少ない生活費の中から映画鑑賞代を捻出していたでしょうか。

是枝裕和監督は当初は小説家になろうと思っていたそうで、早稲田大学第一文学部に進学しています。

早稲田大学に入学してすぐに、「フェデエリコ・フェリーニ」の映画を観て衝撃を受けます。

その映画がきっかけで大学に通うよりも、映画館に足を運ぶことが多くなっていったとのこと。

大学在中に将来は映画監督になることを望んでおり、テレビ会社に就職をします。

「遠くへ行きたい」」、「世界ふしぎ発見」、「アメリカ横断ウルトラクイズ」などのテレビ番組ADを経験。

後にドキュメンタリー映画制作に繋がって行きます。

映画監督への道のりは順調ではなかったようですが、母親はケーキ工場でパートで働きながら是枝裕和監督の夢を応援し続けてきたとのこと。

裕福な家庭とはほど遠い家庭環境が、現在の是枝裕和監督の作品作りに繋がっているようです。

貧しさを肥やしに出来た是枝裕和監督の芯の優しさが伝わってくるようです。

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まとめ

是枝裕和監督のお嫁さんと子供、生い立ちについて紹介しました。

今後も是枝裕和監督の作品を期待しております。

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