君島十和子の夫の仕事は?医師から現在は化粧品会社の代表取締役?

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美容家として大活躍中の君島十和子さん。

現在は美容家として成功されている君島十和子さんですが、十和子さんが結婚する時は君島家のお家騒動の印象が強く印象に残っている方も多いのではないでしょうか?

あれから時は過ぎ、君島十和子さんの夫はどうされているのでしょうか?

この記事では君島十和子さんの夫について現在の仕事などを中心にお家騒動を交えて紹介しています。

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君島十和子の夫

君島十和子さんの夫は君島誉幸さん。

君島十和子さんの昔を知る人にしたら十和子さんの夫の名前に違和感を感じる方も多いのいではないでしょうか?

君島十和子さんが結婚した当時は、十和子さんの夫の名前は「君島明」さんでした。

そうそう、君島十和子さんの結婚した夫は君島明さんでしたよね。

実は、君島十和子さんの夫は名前を改名されていたんですね。

しかも、一度ではなく2度の改名を経て現在の誉幸さんに至っています。

君島十和子さんの夫の君島誉幸さんのプロフィールがこちら。

  • 本名: 君島誉幸(きみじま たかゆき)
  • 生年月日: 1965年3月19日

君島誉幸さんは2022年の誕生日で57歳となります。

現在の名前は君島誉幸さんを名乗っていますが、改名までの流れがこちら。

  • 1965年: 佐藤明
  • 1994年11月: 君島明
  • ??????:   君島誉幸

君島十和子さんの夫、誉幸さんの父親はかの有名なファッションデザイナー君島一郎さん。

君島一郎さんのブランド「kimijima」は皇室やセレブ御用達のファッションブランドとして有名でした。

雅子様も結婚されるころには君島ブランドをお召しになっていたことでも有名です。

そんな君島一郎氏の息子である誉幸さんは、実は君島一郎氏の愛人の子供だったのです。

君島誉幸さんは君島一郎氏の次男ということになりますが、兄にあたる立洋さんは一郎氏の本妻の息子になりますので、立洋さんと誉幸さんは腹違いの兄弟ということになります。

この時点で君島十和子さんの夫の生い立ちの複雑さが目立ちますね。

最初に名乗っていた佐藤明の名前は実母の苗字のようですね。

1994年11月に佐藤明から君島明に改名になったのは、君島一郎氏が明さんを養子縁組したからなんですね。

君島一郎氏の正妻は由紀子さんですが、30年以上も一郎氏とは別居状態であったと言われています。

複雑な生い立ちを抱えながら、君島誉幸さんは医師免許を取得され皮膚科で働いていたそうですが、後に一郎氏のブランドの後継者となっていきました。

現在の君島十和子さんの夫の仕事は、皮膚科医だった経験を活かし君島十和子さんが立ち上げた化粧品会社である株式会社FTCの代表取締役をされており、運営や商品開発に尽力されています。

化粧品の製造工場にも足をは運ばれるなど、現場にもキチンと目を向けながら仕事に励んでおられるようです。

肝心な君島十和子さんの夫の誉幸さんの画像です。

君島十和子さんも本当に50代とは思えぬ美しさですが、夫の誉幸さんもとても素敵な方ですよね。

凄くお似合いのご夫婦だと思います。

君島十和子さんの夫の仕事は現在は、化粧品会社の株式会社FTCの代表取締役をされており、医師の資格を活かしながら商品開発や運営に尽力されていました。

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君島家もお家騒動とは?

君島十和子さんが結婚された時はお祝いムードから一辺して、連日マスコミでは一郎氏や明氏のスキャンダルな報道が流れていたように記憶しています。

そして結婚からほどなくして、君島ブランドは40億の借金を抱えて倒産へ。

君島十和子さんが明氏と結婚が決まった時は、もの凄い玉の輿に乗れた感じが強くありました。

誰が40億もの借金を抱えて倒産するなんて想像できたでしょう。

ことの発端は君島十和子さんと明氏の結婚が決まった頃のこと。

明氏が君島一郎氏の婚外子であることが明るみになりました。

そこに水を挿すように君島明氏にも婚外子がいることが判明。

明氏が一郎氏の婚外子であることを知ったのは、大人になってからだったそうです。

そんなスキャンダルの報道から君島ブランドは下降の一途を辿っていくことになります。

君島一郎氏の婚外子が明るみになり、君島ブランドの売り上げは徐々に減少。

1995年に君島十和子さんと明氏は結婚。

1996年7月14日に君島一郎氏は67歳の若さで急逝。

君島一郎氏が残された法人やブティックの経営は明氏が継ぐと思われましたが、ここで本妻と明氏の腹違いの君島立洋氏が一郎氏の遺産相続の権利を主張してきたのです。

しかし、蓋を開けてみれば一郎氏の法人やブティックの経営は傾いており、40億円と言う負債を抱えていたのでした。

羨ましいほどの玉の輿婚と思われていた君島十和子さんの結婚は、借金を抱えた結婚生活の始まりとなっていったのです。

マスコミの報道の静まりと共に、君島十和子夫妻の様子も世間では忘れ去られていったように思います。

あの時、セレブ生活に馴染んでいた君島十和子さんの今後はどのようになっていくのか不安視していた方も多いと思いますが、君島十和子さんは陰でしっかりと再起を図っていたのです。

一見すると玉の輿の結婚で何の不自由もない生活が約束されていたかのように見えましたが、君島家を支えたのは十和子さんの方だった言っても過言ではなさそうです。

借金からの結婚生活の中で君島十和子さんは、十和子ブランドの化粧品の開発など美に関する仕事に邁進。

2005年には独自にブランドコスメ「フェリーチェ トワレ」を発売。

2013年には年商13億円の会社に成長されて行ったのです。

ここまで来るのには勿論、夫の誉幸さんの皮膚科医としての経験も大いに活かされていたことでしょうし、協力もあってのことだったと思います。

それでも一度は借金を背負い会社も倒産の一途を辿る中から、夫を化粧品会社の代表取締役に就任させるなど、十和子さんの底力の強さが感じられます。

君島十和子夫妻には二人のお嬢さんがおられます。

1997年に長女、2001年に次女が誕生しています。

長女は宝塚女優の蘭世惠翔(らんぜけいと)さんです。

君島家の中心的存在の十和子さん。

十和子さんによって君島家は成り立っていると言ってもいいですね。

そして、君島十和子さんは多くの女性の憧れの的でもあります。

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まとめ

君島十和子さんの夫の仕事を中心に、君島家のお家騒動なども交えて紹介しました。

君島十和子さんの母として妻としてそして女性としての強さを実感しました。

本当に素敵な女性でした。

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