【秋葉原通り魔殺傷事件】加藤智大の生い立ち!母親への強い恨み?

事件事故
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2022年7月26日に秋葉原通り魔殺傷事件で逮捕された加藤智大容疑者の死刑が執行されました。

数々の痛ましい事件が多発する中で、特に印象に残る秋葉原通り魔殺傷事件では7人の死者と10人の重軽傷者が被害に遭っています。

このような重大な殺人事件を起こした加藤智大容疑者の生い立ちはどのようなものだったのでしょうか。

この記事では秋葉原通り魔殺傷事件の加藤智大容疑者の生い立ちについてまとめています。

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加藤智大の生い立ち

加藤智大容疑者の生い立ちです。

  • 加藤智大(かとう ともひろ)
  • 生年月日: 1982年9月28日
  • 死没年月日: 2022年7月26日(享年39歳)
  • 出身地: 青森県五所川原市
  • 学歴: 青森県立青森高等学校
  •     中日自動車短期大学自動車工学学科(岐阜県)
  • 家族構成: 父親、母親、弟

加藤智大容疑者は青森県五所川原市の出身。

秋葉原通り魔殺傷事件を起こした当時の加藤智大容疑者は26歳でした。

死刑により、2022年7月26日に39歳で逝去しています。

加藤智大容疑者の父親は地元の信用金庫に勤めるごく普通のサラリーマンでした。

母親は地域の教育アドバイザーとして活動をされていた教育熱心な母親でした。

ごく普通の一般家庭に誕生した加藤智大容疑者。

しかし、その生い立ちは蓋を開けてみると、母親の尋常をきたす教育は次第に加藤智大容疑者の人格さえも歪ませてしまったのです。

加藤智大容疑者の母親は教育至上主義で、優秀であることと高学歴が絶対だったのです。

母親として、子供にいい教育を受けさせたい、優秀になって欲しい、いい会社に就職して安定収入を得て欲しいというのは、自然な感情であることは重々承知しています。

むしろそう言った感情の方が親として当たり前とさえ思うことも十分に理解出来ます。

加藤智大容疑者の母親はそう言った感情が行き過ぎていたと言ってもいいでしょう。

加藤智大容疑者は、幼少期より水泳、そろばん、学習塾の習い事を一週間びっちりと予定が入っていました。

また、友達の家に遊びに行くことは禁止、友達を家に呼ぶことも禁止。

テレビは勿論、漫画も禁止。

学校の課題の絵や作文は母親が最終チェック。

勉強以外にも躾にも大変厳しかったようです。

例えば次のような感じです。

●九九が覚えられないとお風呂に連れていかれ水の中に頭を沈められた

●雪で靴を濡らすと、極寒の中裸足で外に立たせ続けた

●泣くことを許されず、泣くとタオルを口に詰め込まれ、ガムテープで巻かれて屋根裏部屋に入れられた

●食べることが遅いと新聞紙を敷いた廊下でご飯を食べさせられた

もはや、虐待と言ってもいい状態ですね。

教育や愛情や躾を通り越した虐待に過ぎません。

加藤智大容疑者は加藤家の長男ということで、親の期待が自然に長男に行ってしまうのも頷けるのですが、加藤智大容疑者の母親は、長男に最高の教育を受けさせることが長男の幸せのためにと思っていたことと思います。

しかし、高学歴にさせることいい会社に勤めさせること、それは実は加藤智大容疑者にとっての幸せではなく、母親にとっての幸せだということです。

まさに、自己愛です。

加藤智大容疑者の母親は知らず知らずのうちに、自分の要望を長男の加藤智大容疑者の幸せだと思い込んで、過剰なまでの教育や躾を強要していったものと思われます。

全て息子の将来の為に、、、。

そんな思いが強かったと思います。

しかし、それは、母親の自分の幸せの裏返しに過ぎなかったのです。

加藤智大容疑者の弟も過剰なまでの教育や躾を兄同様に受けていたと言われています。

母親のスパルタ的な教育法について、加藤智大容疑者の父親は何も反論出来なかったと言います。

加藤智大容疑者のは獄中で手記「解+」を出版しています。

この手記の中に、母親について触れられており、母親の価値観は絶対で反論は許されなかったと述べています。

そんな背景から次第に自分も自分の価値観に反することをする人間を許せなくなったと。

そしてネット掲示板で荒らしてきた人間への間接的報復として大量殺人を思うようになったと述べています。

とても身勝手な言い訳にしか受け取ることが出来ませんが、、、。

加藤智大容疑者は母親の過剰な教育法により、高校は青森県内でトップの進学校青森県立青森高等学校に進学しています。

青森県立青森高等学校の偏差値は71です。

難関の高校に進学した加藤智大容疑者ですが、周囲も優秀な生徒ばかりの環境で、次第に成績もふるわなくなり、落ちこぼれになって行きます。

高校生の頃になると、加藤智大容疑者は母親への鬱憤を晴らすようになっていました。

家庭内では母親に反論し、暴力を振るうように。

また、学校でもキレやすくなり教室の窓を手で叩き割るなど問題の行動も目立つようになったと言います。

そして大学受験は北海道大学を希望していましたが、合格にはなりませんでした。

その代わり、岐阜県の中日自動車短期大学自動車工学部に進学。

しかし、ここでの成績も振るわず自動車整備士の資格も取得するには至っていません。

教育至上主義の加藤智大容疑者の母親にしたら、長男が有名大学に進学しなかったことに関しては屈辱にさえ感じていたでしょう。

加藤智大容疑者の生い立ちはごく普通の家庭に生まれながら、母親の過剰なまでの教育と躾により自然に人格が歪んでしまったのでした。

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加藤智大容疑者の経歴

加藤智大容疑者の経歴です。

加藤智大容疑者は2003年に中日自動車短期大学を卒業後、社会人となります。

警備会社や運送会社、派遣会社と次々と職場を転々とします。

その背景には人間関係が原因で仕事が長続きしなかったようです。

加藤智大容疑者の職歴をざっと見るとこんな感じです。

  • 2003年3月: 中日自動車短期大学卒業(岐阜県)
  • 2003年7月~2005年2月: 警備員(宮城県仙台市)
  • 2005年4月~2006年4月: 自動車工場派遣社員(埼玉県上尾市)
  • 2006年5月~2006年8月: 住宅建材メーカー(茨城県常総市)
  • 2007年1月~2007年9月: トラック運転手(青森県青森市)
  • 2007年11月~2008年6月: 自動車工場派遣社員(静岡県裾野市)

加藤智大容疑者は勤務態度はまじめとの評判ですが、人間関係が原因で職を転々としていたようです。

職を転々とするうちに加藤智大容疑者は、「自殺」という言葉を口にするようになったと言います。

そして茨城県常総市で住宅建材メーカーに勤務するころからネット掲示板に深入りするうちに、ネット掲示板に依存していきました。

最後に勤務した静岡県の自動車工場はリーマンショックの影響で工場が閉鎖。

加藤智大容疑者は派遣会社の寮で暮らしていたため、職場と住む場所を一度に失ってしまうことになったのです。

そのうち生きる気力の失っていったと言います。

そして、2008年6月8日の日曜日の秋葉原。

日曜日の歩行者天国で多くの人が行きかう中、加藤智大容疑者はトラックで突っ込み人を次々にはねました。

そしてタクシーと衝突すると、トラックから降りてきてダガーナイフで次々に人を刺したり切り付け、7人の死者と10人の重軽傷者が犠牲になったのです。

加藤智大容疑者はその場で現行犯逮捕されています。

逮捕後、加藤智大容疑者は「生活に疲れた。」「誰でもいいから殺したかった。」、「殺すために秋葉原にやってきた。」と供述したと言います。

加藤智大容疑者は逮捕後、獄中での手記「解+」の中で、母親の価値観が絶対で反論出来なかったことが、自分も価値観に反論してくる人が許せなくなっていったと述べています。

確かに、加藤智大容疑者の母親の教育方針は尋常をきたしていたかもしれません。

しかし、この言葉からは秋葉原通り魔殺傷事件を引き起こしたのは、なんとなくですが、母親に責任転換をしているかのようにさえ思えてしまうのです。

世の中には、加藤智大容疑者の生い立ちよりも、もっともっと壮絶で悲観的で絶望的な生い立ちの方もたくさんいらっしゃいます。

果たしてそのような方が、人生に嫌気をさして凶悪な犯行に及んだでしょうか?

逆に壮絶な生い立ちを糧にして、逆境を乗り越えている方は大勢いらっしゃいます。

母親の尋常をきたす教育、躾が積もり積もって犯行に及んでいたとしたら、それはただ単なる甘えでしかないとでも言うでしょうか。

言ってしまえばキリがありませんが、世の中には食事さえ与えられずに愛情さえ与えられず亡くなっていく幼い子供もいます。

確かに加藤智大容疑者の母親は愛情を勘違いしていたことは拒めません。

しかし、それでも「自分の息子の幸せの為に。」そんな思いは、理解できなくもないのが世の中の母親の気持ちかもしれません。

事件後、加藤智大容疑者の母親は罪の意識に苛まれ、精神病院に入院したと言います。

思うように上手く行かない人生。

殆どの人がそういった思いを持ちながら生きています。

それを母親の執拗な教育のせいと。

誠に身勝手な犯行としか言いようがない、と言うのが本音です。

この事件の背景には、ある日突然に命を奪われた7人の命があるのです。

遺族にしたらやりきれない思いが一生付きまっているのです。

やはり命は大切なのです。

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加藤智大容疑者の弟

加藤智大容疑者には弟が一人いました。

加藤智大容疑者の弟は優次さん。

加藤智大容疑者よりも4歳年下になるようです。

優次さんも加藤智大容疑者のように母親から厳しく教育をさせられたと言います。

優次さんは高校に進学すると3ヵ月で中退。

それから引きこもりとなります。

加藤智大容疑者が事件を起こした当時、加藤智大容疑者の弟は22歳でした。

しばらく引きこもりとなっていましたが、なんとか職に辿り着き真面目に働いていた時の出来事でした。

事件後、弟の優次さんは東京に住んでいましたが、会社を首同然で退職せざるを得ない状況に。

ネット検索をすると自分の名前が直ぐに表示されることに恐怖を覚え、隠れるように地方に移りました。

やがて落ち着き彼女もできました。

彼女には全て打ち明けたと言います。

彼女は「兄は兄。弟は弟だから。」と理解してくれ、結婚も目前になった時です。

彼女の両親に結婚の話を伝え、全部を打ち明けると彼女の両親は猛反対をされたのです。

次第に彼女ともギクシャクし始め、些細な事でケンカになった時に彼女からの一言が。

「一家揃って異常なんだよ。あんたの家族は!」と言われたのです。

この一言がきっかけとなり、弟の優次さんは今後人と深く関わるのを辞めようと思ったそうです。

そして重大事件を引き起こした容疑者の家族ということで、生きずらさに限界を感じ2014年28歳で自ら命を落としています。

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加藤智大容疑者の父親と母親の現在

秋葉原通り魔事件から8年。加藤智大死刑囚の母親や弟の現在は | 大人女子のライフマガジンPinky[ピンキー]

加藤智大容疑者が重大な事件を犯してから、母親はようやく自分の間違いに気づいたといいますが、とき既に遅し。

事件後、加藤智大容疑者の両親は離婚。

父親は務めていた信用金庫を事件後に退職。

2022年現在は60歳になるようですが、元々の家で一人暮らしをしているとのこと。

また、母親は罪の意識に苛まれて精神を病んでしまい、長らく精神病院に入院していました。

現在は精神病院を退院し、青森市内のアパートで独り暮らしをしていると言うことです。

最高の教育で優秀な息子にと望んだ結果(それだけではないでしょうが。)、長男は死刑により、次男は自死によって二人の息子さんを亡くすという、とても辛い経験となってしまった加藤智大容疑者の母親。

しかし、何の罪もない人がある日突然、加藤智大容疑者の凶行によって命を落としたことも事実です。

その方々の遺族もそれ以上に辛いを通り越した、胸のえぐられるような思いをされてきたのです。

そして加藤智大容疑者にとっては、加藤智大容疑者の死刑執行により、母親への報復が完結されたということになるでしょうか?

死刑によって母親に報復できたこと。

そして、遺族への罪の償い。

この事件によって一番苦しんだのは言うまでもなく、ある日突然に愛しい人の命を奪われた遺族です。

この事を決して忘れてはいけません。

今後、このような残忍な事件が起こらないことを切に願っています。

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まとめ

秋葉原通り魔殺傷事件の加藤智大容疑者の生い立ちについてまとめました。

最後までお読み下さりありがとうございます。

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