柏木昭男殺人事件の犯人は?自宅豪邸や家族の現在どうなっている?

事件事故
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トランプ元大統領も恐れていたと言われる日本人ホエールこと柏木昭男氏。

柏木昭男氏は一代で不動産王となり趣味のギャンブルにのめり込むうちに、カジノ業界では一躍有名になっていきました。

その知名度はトランプ元大統領からもカジノのお誘いを受けるほどに。

しかし柏木昭男氏は最終的には何者かによって惨殺されこの世を去っています。

この記事では、柏木昭男殺人事件の詳細と現在の柏木御殿についてまとめています。

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柏木昭夫の生い立ちと経歴

まずは柏木昭男氏の生い立ちと経歴から紹介します。

柏木昭男氏は1937年に山梨県富士吉田市に生まれています。

柏木昭男氏が現在も生存していたら2022年で85歳です。

父親は宮大工をされていましたが、家計は貧しく中学を卒業すると高校には進学せずに農業を手伝ったり、富士山の強力(ごうりき)をしていました。

強力とは、富士山の登山客の荷物を背負いながら道案内をする仕事のことです。

かなり過酷で体力勝負の仕事のようです。

柏木昭男氏は強力の仕事で得たお金を貯めて、やがて飲食店をオープンさせます。

その後、1960年に親戚と共同で不動産業を立ち上げ。

柏木昭男氏23歳の頃のことです。

不動産業が順調にいくと、貸金業にも手を広げていきます。

1969年には柏木商事を設立。

この頃は富士スバルラインの建設などで柏木昭男氏の会社もかなりの恩恵を受け、事業の儲けは順調に伸びていったようです。

しかし、会社の経営は順調に儲けを出していましたが、柏木昭男氏の評判は決して良いのもではありませんでした。

柏木昭男氏は強引で荒っぽい手口で地上げをしたりしており、住民とのトラブルも後を絶えなかったようです。

時はバブル絶頂期のころ。

柏木昭男氏は地元山梨県だけで収まらず、東京に進出します。

文京区で大掛かりな地上げと土地の売買を巡っては、最後まで抵抗してきた小売店の店主の私道を塞ぎぐなど強引で悪質な行いに、民事提訴をされる始末に。

結局、この件では小売店店主が勝訴。

柏木昭男氏は敗訴となっています。

また神奈川県の私立の幼稚園の土地と建物を競売で取得した柏木昭男氏。

まだ園児が通っているにも関わらず、建物の差し押さえも実行しており、血も涙もない柏木昭男氏の人柄がむき出しになっています。

このよういして荒っぽい手口で次々に不動産を取得しながら、不動産王と成り上がっていった柏木昭男氏。

表向きには、一代で大成功されていたように見えますが、内情は1980年代後半に所有する不動産郡に合計で100億円を超える抵当権が設定されており、事業内容は欠損が積み上がっていたと言われています。

山梨の宮大工の家に生まれた柏木昭男氏。

中卒で富士山の強力を経て、山梨の不動産王に成り上がっていきました。

しかし一方では荒っぽく強引な手口に周囲からの評判は悪評が先走っていました。

柏木昭男氏は、腰の低い誰からも慕われるような温厚な人柄とは程遠いような人柄であったようです。

いわゆるワンマン社長と言った感じであったでしょうか。

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トランプ元大統領が恐れていた日本人

日本人ホエールと呼ばれていた柏木昭男氏。

カジノ業界では大金を賭けるプレイヤーのことを鯨つまりホエールと言い、鯨のような大物と言う意味合いがあるそうです。

海外からの日本人ホエールと呼ばれていた柏木昭男氏は、何億円のも大金をカジノにつぎ込んでいました。

元々ギャンブルが大好きだったという柏木昭男氏。

事業で儲けたお金の殆どをカジノにつぎ込んでいったと言われています。

時間を作っては毎月のように海外のカジノに出かけていったそうです。

やがて、カジノからはVIP扱いされるようになり、渡航費や宿泊費、食事代な全てカジノ負担でカジノから招待されるようになって行きました。

柏木昭男氏は1990年1月、オーストラリアのダーウィンに4日間滞在し、カジノのバカラで29億円の勝利を納め一躍にして世界のギャンブル界で有名に。

ロバート・デニーロが主演を務めた映画「KAJINO」では柏木昭男氏をモデルにした日本人も登場するなど、ハリウッド映画界にまでその存在を知らしめすまでに有名になっていったのです。

やがて柏木昭男氏の存在は、当時アメリカの不動産王でアトランティックシティにカジノを持っていたドナルド・トランプ氏にも伝わりました。

柏木昭男氏の存在を知ったトランプ元大統領は、1990年2月にマイク・タイソン対ジェームス・ダクラスのタイトル戦を観戦に来日。

トランプ氏の希望で柏木昭男氏と対面されています。

そこでトランプ氏は柏木昭男氏をカジノに招待。

アトランティックシティのトランプカジノで柏木昭男氏は9億円以上の儲けを出しています。

トランプ元大統領は、最初はいいカモが見つかったと目論んでいたそうですが、蓋を開けたら9億円以上の損失が出てしまい。その損失はトランプカジノが始まって以来の大損失だったとのこと。

トランプ元大統領はこの損失を取り返したく、3か月後の1990年5月に再度柏木昭男氏を再びカジノに招待しています。

この時は柏木昭男氏は最初の頃は10億円の勝利をしていましたが、プレイし過ぎたのが裏目に出てしまい最終的に12億以上の損失を出しています。

このプレイはウォールストリートジャーナルの新聞の一面でも取り上げられるなど注目を浴びたようです。

またアメリカだけでな、イギリスの新聞紙にも取り上げられ、「世界で最も派手なギャンブラー」と紹介されたそうです。

世界で最も派手なギャンブラーともてはやされた柏木昭男氏ですが、その素性はかなり荒々しいことでも有名でした。

カジノで負けた時の帰りのフライトでは、機嫌が悪く乗務員に罵倒したり、座席やテーブルを蹴るなどの行為を行っていたそうです。

また、英語は全く出来ずに海外では身振り手振りでその場をしのぎながらカジノでプレイしていたとのこと。

また、食事をする際は音を立てながら食べていたこも指摘されています。

お金持ちのジェントルマンという人物像には程多かったでしょうか。

後に明らかになるのですが、柏木昭男氏が殺された時点でアメリカのカジノに13億5000万円の借金があったことが判明しています。

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柏木昭男殺人事件

トランプ元大統領とのカジノでの12億円の損失を出してから約1年半後の1992年1月3日のこと。

柏木昭男氏は自宅の台所で何者かによって惨殺され遺体となって発見されています。

柏木昭男氏の54歳でした。

この日は、柏木昭男氏の家族はみんなでいちご狩りに出かけていました。

柏木昭男氏は風邪気味だったため、一人自宅に残りました。

夜の9時30分ごろに家族が自宅に戻ると20畳の台所は血の海の状態で、柏木昭男氏は仰向けで倒れており、刀のような長い刃物で首や胸を20数か所の刺された跡が残っていたそうです。

死因は大量出血による失血死でした。

柏木昭男氏は居間で何者かに襲われ、逃げようとして台所に逃げ込みそのまま仰向けに倒れたようです。

また、部屋の中は物色されておらず、大量の現金や高価な品物には全く手が触れられていなかたとのこと。

この背景から金品目的の強盗殺人ではなく、柏木昭男氏に強い恨みを持っている者の犯行として捜査が始まります。

柏木昭男氏が荒っぽい手口で不動産王に成り上がっていった背景に、その強引な手口によって苦しめられた住民による犯行とも憶測は広まっていったようです。

殺害現場からは長靴の跡が残っていたものの凶器や物証がなく、未解決のまま2007年に時効を迎えています。

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柏木昭男殺人事件の犯人は?

2007年に未解決のまま時効を迎えた柏木昭男殺人事件。

実は捜査当初に男女2人が逮捕されています。

柏木昭男氏と車の売買を巡りトラブルがあったとして暴力団組員の男性が逮捕。

また、この逮捕された男の恋人と言われていた看護師の女性が証拠隠滅の容疑で同時に逮捕されていたのです。

当時、この男性の車の中から血痕が見つかたと言われており、この彼女と言われる看護師の女性が血痕を拭き取り、証拠隠滅を図ろうとした疑いが持たれていたようです。

逮捕後、2人は容疑を否認し続けていました。

甲府地検は1994年12月に証拠が乏しいとしてこの二人を不起訴処分にしています。

柏木昭男氏の死に関しては、、「いい死に目にあわなかった。」ということでしょうか。

柏木昭男の自宅の現在は?

柏木昭男氏は不動産業で大成功され、河口湖畔に柏木御殿を築いています。

柏木御殿は土地500坪で床面積200坪の総ケヤキ造りの第豪邸。

当時は時価50億円とも言われていたそうです。

あまりの豪華さに観光客はお寺と勘違いする人も多かったのだとか。

現在は、この柏木御殿はどのようになっているのでしょうか?

柏木御殿の現在は宿泊温泉施設として利用されているとのこと。

この温泉施設は客室9つと収容人数は少なく(元々個人宅ですので)、こじんまりした高級旅館の仕様となっているようです。

地元の人の間では有名な話となっており、絶対に地元の人は利用しないとのことです。

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まとめ

柏木昭男殺人事件の詳細と柏木昭男氏の自宅の現在の様子などを紹介しました。

未解決のまま時効を迎えた事件の背景には、柏木昭男氏がいかにたくさんの人から恨みを買っていたのかに繋がっているようにさえ感じてしまいます。

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