過去に3度の法務大臣を務めた衆議院議員の上川陽子議員。
上川陽子議員と言えば、オウム真理教の麻原彰晃死刑囚や元幹部の計7人を同日に死刑執行を行ったことでも話題となりました。
別名「鉄の女」の名前を持つ上川陽子議員。
そんな上川陽子議員の夫はどのような方なのでしょうか?
上川陽子議員の夫についてまとめてみました。
上川陽子議員の夫
上川陽子議員の夫は、上川卓苗さん。
名前の読み方が難しいですが、「たくなえ」さんです。
珍しい名前で個性的ですね。
上川卓苗さんは一般人のため詳しいプロフィールなどの情報は出回っていません。
明らかになっている部分のみ紹介します。
- 名前: 上川卓苗(かみかわ たくなえ)
- 生年月日: 1952年~1953年
- 学歴: 東京大学教養学部
- 職歴: 日本銀行
上川陽子議員の夫の上川卓苗さんの画像がこちら。
ダンディーで品があり、柔らかそうな雰囲気が印象的です。
上川陽子議員と夫の上川卓苗さんは東京大学のクラスメイトでした。
大学時代から交際をしていたと言います。
上川卓苗さんの画像から、若かりしき頃はイケメンであったことは容易に想像がつきます。
美男美女、そして秀才同志の素敵なカップルだったことでしょう。
ちなみに若かりしき頃の上川陽子議員がこちら。
上川卓苗さんは東京大学を卒業すると同時に日本銀行に入行。
日本銀行は日本の中央銀行です。
一般の銀行との違いは次の通り。
- 紙幣を発行する「発券銀行」
- 民間の金融機関から預金を預かり、金融機関に貸出を行う「銀行の銀行」
- 国のお金の出し入れなどを行う「政府の銀行」
テレビのニュースなどで度々、日本銀行の総裁の発言などが取り上げられますが、日本経済に大きな影響力を持つ日本銀行の人材は言うまでもなく逸材です。
そんな逸材ばかりの人材の中で、上川卓苗さんは2007年~2009年までの一年半、日本銀行福井事務所長に就任しています。
その後は日本銀行水戸事務所長を務め、現在は定年退職しています。
上川陽子議員の夫の卓苗さんは上川陽子議員と同年代ということで、2024年現在71歳くらいと想像されます。
40歳で政治家になることを決意した上川陽子議員。
上川陽子議員は、1996年10月の衆議院議員総選挙では惜しくも落選。
2000年6月の総選挙で初当選しています。
上川陽子議員が政治家になる決断をしてからというもの、家族の応援が何よりの励みになったそうです。
初めて総選挙に出馬したときは次女さんは5歳で、夫の上川卓苗さんがこぐ自転車のカゴにすっぽり収まって、父親と一緒に選挙運動の応援をしていたと言います。
初当選した2000年には次女さんは小学4年生になっており、父親の卓苗さんのごく自転車の後ろの席に座って選挙運動の応援をしたそうです。
長女さんも初当選を果たした2000年には20歳になっており、街頭で「応援ありがとうございます、母をよろしくお願いします!」と大きな声を張り上げて、家族一丸となり上川陽子議員の応援をしたそうです。
上川陽子議員が政治家になってからは、静岡と東京の2拠点生活で家族バラバラの生活を余儀なくされたようですが、それでも上川陽子議員の実の両親の協力の元、多忙を極めながらも政治活動や家族との良好な関係を維持できたようです。
上川陽子議員は地元静岡をとても大切にしている方で、「地域コミュニテイーの支援で国会に送ってもらった身としては当然のこと。」として、普段の政治活動は地元静岡に拠点を置き、国会がある度に新幹線で上京していました。
上川陽子議員の夫の卓苗さんは女性が外で働くことにととても理解を示しており、「女性も社会の中で自分の持ち味を生かす世界をもつべきだ。」という考え方で、上川陽子議員の支えとなっていたそうです。
上川陽子議員の夫の卓苗さんは東大卒の日本銀行の職員でした。
上川陽子議員の子供
上川陽子議員には2人の娘さんがいます。
- 長女: 真希さん・1980年生まれ
- 次女: 悠希(ゆうき)さん・1991年生まれ
長女の真希さんはアメリカの大学院で国際関係論を専攻し、その後海外援助機関で働いているとのこと。
長女の真希さんは2024年現在、44歳くらいになるようです。
上川陽子議員曰く、「長女さんはしっかりと自立した女性に育った。」と述べえており、上川陽子議員が政治家を志した当時は思春期の真っただ中だったにもかかわらず、母親のことをよく理解していたそうです。
アメリカ留学では、母親と同じ国際関係論を学んだそうです。
次女の悠希さんの学歴などは不明ですが、現在は結婚されており2017年に第一子を出産されているようです。
次女の悠希さんは2024年現在で33歳くらいとなります。
次女の悠希さんは幼い頃は母親のことを「かーちゃん」と呼んでいたそうです。
上川陽子議員は初めての子供は育児書を読んだりと完ぺきな子育てを目指していたそうですが、二人目になると完璧を目指さなくなったと言います。
次女の悠希さんは末っ子と言うこともあり、甘えん坊だった半面、しっかり者だと母親の太鼓判付きです。
上川陽子議員のプロフィール
上川陽子議員のプロフィールです。
- 生年月日: 1953年3月1日
- 出身地:静岡県静岡市
- 学歴: 白百合幼稚園
- 横内小学校
- 私立静岡雙葉学園中学校・高等学校
- 東京大学(国際関係論専攻)
- ハーバード大学ケネディスクール
- 職歴: 三菱総合研究所研究員
ボーカス米国上院議員政策立案スタッフ - ローバリング総合研究所代表取締役
- 趣味: 合気道、日本舞踊、ラジオ体操、合唱、グランドゴルフ、神輿かつぎ
上川陽子議員はNTTに勤務する父親と電話交換士の母親の間に静岡県で誕生しています。
両親や親族にも政治家はいない家庭に育っています。
両親とも教育熱心だったという訳でもないそう。
そして、上川陽子議員も勉強をしすぎるとものもらいが出来てしまうことと、夜は7時ごろになると眠たくなってしまい、いつも勉強ばかりしていたということではないそうです。
ただ、上川陽子議員の母親は戦争で教育を十分に受けられなかったため、自分の子供には同じような思いはさせたくないという考え方だったそうです。
「これからの時代は、女の人でも能力があればどんどん社会に出ていくということがだいじなんだよ、あなたもやればできるんだからやりなさいね。」と、いつも上川陽子議員の背中を押してくれていたとのこと。
また、成長する過程の中で立ちはだかる壁が出現する度に、母親が障害物を取り除くような感じで上川陽子議員の道しるべを作ってくれたおかげで、現在の上川陽子議員がいると言うことです。
上川陽子議員が政治家になるまでの背景には母親の教えが大きかったことは言うまでもありません。
上川陽子議員はもともと政治家を目指していた訳ではなく、外交官になりたいと薄っすらと頭の片隅にはあったようです。
ハーバード大学に留学し、海外から日本を見て改革の必要性を痛感したことが政治家を目指すきっかけとなったと言うことです。
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