コネチカット州ヘラ・クラフツ殺害事件の詳細!犯人はパイロットの夫?

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1986年にアメリカコネチカット州で起こったウッドチッパー殺人事件とも言われるヘラクラフツ殺害事件。

パイロットの夫と客室乗務員の妻の幸せそうな生活は何者かによって客室乗務員だった妻のヘラが惨殺されました。

しかも妻ヘラの遺体は跡形もない状態に、遺体なき殺人事件として取り扱われています。

ヘラは何もによって遺体の跡も残さずに殺されてしまたのでしょうか?

この記事では1986年にコネチカット州で起こったヘラクラフツ殺人事件の詳細についてまとめてあります。

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ヘラ・クラフツ殺害事件について

ヘラクラフツ殺人事件は別名ウッドチッパー殺人事件とも言われている、遺体無き殺人事件とてして扱われた恐ろし殺人事件です。

1986年に起こったヘラクラフツ殺人事件はコネチカット州で初めて遺体が無い状態で、殺人事件の有罪判決が下されたことで話題となりました。

ヘラクラフツ殺人事件の被害者となったのは客室乗務員だったヘラ・クラフツ。

ヘラ・クラフツはデンマーク系のアメリカ人。

1947年生まれで39歳の若さで何者かによって殺害されてしまいます。

ヘラの夫はパイロットのリチャード・クラフツ。

ヘラは客室乗務員になるための訓練を受けていた時に、同じくパイロットになるための訓練を受けていたリチャードと出会って、二人は結婚します。

パイロットと客室乗務員と言う世間が羨むような結婚生活は、アメリカコネチカット州のニュータウンの豪邸でスタートし、3人の愛くるしい子供にも恵まれました。

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ヘラとリチャードの結婚生活

世間が羨むような結婚生活を送ることとなったヘラとリチャード。

実はヘラとリチャードが結婚した当時、夫のリチャードには他に婚約者の女性がいたのです。

ヘラと二股をかけているところにヘラの妊娠が発覚。

ヘラは既に中絶することは不可能な期間に入っており、リチャードはヘラと結婚する流れになったのです。

リチャードは結婚後、パイロットから特別警察官に転職。

ヘラは結婚後も客室乗務員の仕事を継続していました。

そのため経済的には余裕の生活を送れていましたが、実際にヘラにとってのリチャードとの結婚生活は耐え難いものだったのです。

ヘラはリチャードの気性の荒い性格と浮気に散々悩まされていたのです。

1985年9月にリチャードの浮気を知ったヘラは、離婚を専門とする弁護士に相談。

弁護士の勧めで私立探偵を雇い、リチャードの浮気現場の写真の入手に成功。

浮気の証拠を掴んだヘラは離婚に向けて動き出していました。

ヘラの失踪

1986年11月19日の夜。

ヘラはドイツフランクフルトからニューヨークのフライトを終えました。

ニューヨークに到着したヘラは、友人の車でコネチカット州のニュータウンの自宅へ到着。

この友人がヘラを見た最後となっています。

フランクフルトからニューヨークに戻ったヘラは、その2日後に無断欠勤が発覚します。

夫のリチャードはヘラの会社や同僚、そして子供たちと家政婦に、ヘラは病気の母親に会うためにデンマークに帰ったと伝えました。

しかし、ヘラの友人はヘラが何も言わずに姿を消すようなことは一切ないことを知っていました。

心配になったヘラの友人は、デンマークのヘラの母親に連絡を取ります。

するとヘラの母親は元気であり、ヘラが実家に帰っていないことも判明。

その旨をリチャードに伝えた友人に対して、リチャードの弁解は「ヘラは友人とフロリダのカナリア諸島に行った。」と。

ヘラの友人は、ヘラからリチャードの激しい性格のことを聞いており、ヘラが何らかの事件に巻き込まれたことを示唆し始めます。

ヘラは常々、周囲に「何かが私に起こったとしても、それが事故だとは思わないで。」と話していたのです。

ヘラの離婚担当の弁護士もヘラの証言により、リチャードが銃をたくさん所有していることも承知していたのです。

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犯人は夫のリチャード?

1986年12月25日、警察はリチャードの家宅捜索令状を出して本格的に捜査が開始されました。

捜査が開始されるとリチャードの異様な行動が明るみになってきました。

●寝室のカーペットの一部が除外されていた

●クレジットカードの履歴により冷凍庫とシーツ、掛布団が新調されている

●ベットの側面に血痕の跡

●ウッドチッパー(粒砕機)とトラックのレンタルの領収書

●チェーンソの領収書を発見

チェーンソーは髪の毛と血の跡があり、DNAの検査結果ヘラのモノであることが判明。

決定的な目撃証言も浮上。

除雪車の運転手が吹雪の夜に、リチャードがゾマ湖の近くでウッドチッパーを使っていることを目撃していたのです。

警察はゾマ湖周辺の捜査を開始。

ついに100gに満たない粉砕された人の遺体が発見されたのです。

特徴的な歯科の治療の形跡のある歯から粉砕かれた遺体の破片はヘラの遺体であることが判明。

その他に下着のレース部分やピンクに塗られた爪、ブロンドの髪、骨片などが発見されました。

リチャードは、ヘラを冷凍庫で冷凍。

冷凍されたヘラの遺体はウッドチッパーによって粉片され、ゾマ湖に遺棄されたのです。

1987年1月にスキー旅行から帰ったリチャードは、待ち構えていた警察官によって逮捕。

リチャードはコネチカット州で初めて遺体の無い状態で殺人事件の有罪判決を受け、50年の懲役刑に処されました。

遺体をウッドチッパーによって粉砕いたことで、この事件はウッドチッパー殺人事件とも言われています。

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まとめ

1986年コネチカット州で起きた客室乗務員のヘラがウッドチッパーによって粉砕されたヘラクラフツ殺害事件の詳細について紹介しました。

最後までお読み下さりありがとうございます。

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